2026年1月、CME Clearingが貴金属(金や銀など)の証拠金(Performance Bond)について、設計ルールを変更する方針を通知しました。今回のポイントは「証拠金が上がる/下がる」という単発の話というより、計算方法そのものが「ドル固定額」から「想定元本(notional)に対する%」へ移行する点です。
この変更は、相場の方向性を決め打ちする材料というよりも、短期の値動き・レバレッジ取引の必要資金・追証(追加証拠金)リスクに影響が出やすい論点として整理しておくのが実務的です。
YouTube解説:
1. 今回の通知:いつ・何が変わるのか
- 通知日:2026年1月12日(CME Clearing Advisory 26-019)
- 反映タイミング:2026年1月13日の取引終了後(close of business)
- 変更の中身:金・銀・プラチナ・パラジウム等の証拠金を、ドル固定額ではなく想定元本(notional)に対する比率(%)で設定する
想定元本(notional)は、ざっくり言うと「価格 × 取引数量」で決まる取引規模です。%方式になると、価格が上がれば想定元本が増えるため、必要証拠金も増えやすくなります。
2. 銀(SI)と金(GC)の比率:数字の整理
銀:COMEX 5000 Silver Futures(SI)
対象は「Outright(単体建て)」で、Non-HRPとHRPの区分が示されています。
| 区分 | 現行 Initial(USD) | 現行 Maintenance(USD) | 改定後 New Initial(%) | 改定後 New Maintenance(%) |
|---|---|---|---|---|
| Non-HRP | 32,500 | 32,500 | 9.0% | 9.0% |
| HRP | 35,750 | 32,500 | 9.9% | 9.0% |
金:COMEX 100 Gold Futures(GC)(参考)
金はNon-HRPが5%(Initial/Maintenanceとも)、HRPはInitial 5.5%・Maintenance 5%と示されています。
3. 具体例:XAGUSD=85ドル/ozのとき、1枚あたりの必要証拠金は?
銀(SI)は1枚あたり5,000トロイオンスです。
- 想定元本(notional):85ドル/oz × 5,000oz = 425,000ドル
Non-HRP(9%)
- 改定後(Initial):425,000 × 9% = 38,250ドル
- 現行(固定額):32,500ドル
- 差分:+5,750ドル(約+17.7%)
HRP(Initial 9.9%)
- 改定後(Initial):425,000 × 9.9% = 42,075ドル
- 現行(固定額):35,750ドル
- 差分:+6,325ドル(約+17.7%)
価格水準が高いほど%方式の負担が増えやすいので、上昇局面では「必要資金が自然に増える」構造になります。
4. 分岐点:いくらから「9%方式」のほうが重くなる?
Non-HRP(9%)が現行の32,500ドルと同水準になる価格は次の通りです。
- 32,500 ÷(0.09 × 5,000)= 約72.22ドル/oz
つまり、概ね72.22ドル/ozを上回る局面では、計算上は9%方式のほうが必要証拠金が大きくなりやすい、という整理になります。
※実際の口座での必要額は、証券会社の上乗せ(house margin)、相殺(スプレッド/オフセット)、保有限月の組み合わせ等で変動します。
5. 年末(2025年12月)の引き上げ:今回との違い
年末(2025年12月)には、銀(SI)の最低証拠金(SPAN minimum performance bond requirements)が短期間に段階的に引き上げられました。代表として近い限月(Mnth1)ベースの動きを整理します(表では複数限月が同水準で並ぶため、概ね同じ動きとして把握できます)。
| 通知番号 | 効力(営業日クローズ後) | Non-HRP(Initial/Maintenance) | HRP Initial | HRP Maintenance |
|---|---|---|---|---|
| 25-393(2025/12/26) | 2025/12/29 | 22,000 → 25,000 | 24,200 → 27,500 | 22,000 → 25,000 |
| 25-399(2025/12/30) | 2025/12/31 | 25,000 → 32,500 | 27,500 → 35,750 | 25,000 → 32,500 |
年末は「ドル固定額の水準(=水位)」の引き上げでした。一方で今回は、計算ルールを%方式に切り替えるため、価格が上がるほど必要証拠金が増えやすくなります。ここが最大の違いです。
6. 投資家が意識したい影響(実務目線)
(1)必要資金が「価格に連動」しやすくなる
固定額なら「必要資金はこれ」と見積もりやすい一方、%方式では価格上昇に合わせて必要資金も増えます。上昇局面でレバレッジを強めに使っている場合、資金繰りの余裕が削られやすくなります。
(2)追証リスクの管理がより重要になる
維持証拠金(Maintenance)を下回ると、追加の入金や建玉の縮小が必要になる場合があります。個人投資家は、「Maintenanceを割ったらどうするか」を事前に決めておくと、急変時でも判断がぶれにくくなります。
(3)短期の値動きが荒くなる局面もあり得る
証拠金が重くなると、資金に余裕がない参加者の建玉整理が進み、短期的に売買が偏ることがあります。ただし、証拠金変更は清算リスク管理の一環であり、これ単独で中長期の方向性を断定する材料にはなりにくい点は押さえておきたいところです。
7. 取引前に確認したいチェックリスト
- 証券会社の反映タイミング:いつから新ルール相当になるか、上乗せ(house margin)があるか
- 相殺ルール:スプレッド/オフセットで必要額がどの程度変わるか
- 出来高・建玉(OI):投機資金の増減、整理の進み具合
- 先物カーブ:バックワーデーション(期近高・期先安)/コンタンゴ(期近安・期先高)
- 東西プレミアム:上海などと西側指標の価格差(需給の温度感のヒント)
- 在庫関連データ:現物のタイトさが緩んでいるのか、継続しているのか
8. よくある質問
Q1. 証拠金が上がると、価格は必ず下がりますか?
必ずしもそうではありません。証拠金は清算リスク管理のために設定されることが多く、価格の方向性を単独で決めるものではありません。ただし短期的には、レバレッジ参加者の建玉調整が起きて値動きが荒くなる可能性はあります。
Q2. 今回の変更で、証拠金は常に増えますか?
常に増えるとは限りません。Non-HRP(9%)の分岐点は約72.22ドル/ozで、価格がそれを下回る水準では、計算上は改定後のほうが小さくなる可能性もあります(ただし実際の口座条件で最終額は変動します)。
Q3. InitialとMaintenanceはどちらを重視すべきですか?
新規建てはInitial、維持の最低ラインはMaintenanceです。個人投資家は、追証に直結しやすいMaintenanceを基準に「余力」を見ておくと管理しやすいです。
Q4. HRP/Non-HRPは何が違うのですか?
表ではHRPのInitialが高めに設定されています。どちらが適用されるかは取引形態や取引先のルールに依存するため、実運用では証券会社側の区分と条件を確認してください。
9. まとめ:方向当てより「資金管理」と「短期変動」への備え
今回の変更は、証拠金の水準調整というより、固定額から%方式へという設計変更が本質です。価格水準が高い局面では必要証拠金が増えやすくなり、レバレッジ取引ほど影響が出やすくなります。
取引する場合は、証券会社の反映条件を確認しつつ、出来高・建玉・先物カーブに加えて、東西プレミアムや在庫などの需給指標もセットで観察するのが実務的です。
※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。最終的な投資判断はご自身の責任で行ってください。


